以前に、根津山Click!の物語に付随した、戸山ヶ原Click!から学習院Click!を経由し、東京郊外へと抜ける地下隧道(トンネル)の伝承および当時の新聞記事について取りあげた。そのとき、2008年(平成20)に発表された小池壮彦『リナリアの咲く川のほとりで』(メディアファクトリー)をご紹介したが、きょうはもうひとつ、電柱を地下に埋設する共同溝の工事現場で採取された、近似するエピソードをご紹介したい。
現在、東京では幹線道路沿いのあちこちで、地下共同溝の建設が行われている。現在の工事は、2007年(平成19)に国交省と東京都が策定した「東京都無電柱化方針」にもとづくものだ。これは、東京オリンピック・パラリンピック2020大会へ向けた整備事業の一環で、「センター・コア・エリア」と呼ばれるエリアの内側と、おもに海浜地帯を中心に行われている。「センター・コア・エリア」などともってまわった表現をしているけれど、要するに山手通り(環六)の内側に位置する区部のことだ。
下落合の周囲でも、地下共同溝工事はかなり進んでいて目白通りや十三間通り(新目白通り)、聖母坂などで一部工事が完了している。地下共同溝に電線を埋設すると、道幅が広く設定でき緊急車両や歩行者が通りやすくなったり、街の景観が美しくなるなどメリットも多いのだが、逆に障害時、すぐに復旧工事がスタートできなかったり、共同溝自体が破壊された場合は復元に時間がかかるなどデメリットも多い。阪神・淡路大震災では、地上の電柱にわたされた電線に比べ、共同溝へ埋設された電線の復旧に倍以上のリードタイムを必要としたのは記憶に新しい。
日本は地震国であり火山国でもあるので、ヨーロッパの街角とはまったく風土や事情が異なる。だから、電柱にわたされた電線(電力線)は地下に埋設できても、技術の進化が速い通信線は、そのまま電柱に残されているケースも目立つ。今世紀に入り、100MbpsのEthernetが1Gbpsになったのは、ついこの間のような気がするけれど、すでに少し前までデータセンター仕様だった10Gbpsが一般家庭までとどく時代は目前だ。それが40Gbpsになるのも、おそらく予想よりもかなり早いだろう。
明治末より、電力線と通信線が同じような電柱に架けられ、戦後は双方が電柱を共有する統合化された時代から、今後は地下と地上とに再び分離していく時代のはざまにいるのかもしれない。そんな状況の中、各地でつづけられる地下共同溝の工事現場から、思いもよらないものが「出てきた」記録がある。
少し前に、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の曽孫である小泉凡Click!が書いた、『怪談四代記―八雲のいたずら―』(講談社/2014)をご紹介しているが、彼の友人である作家の木原浩勝が採取した実話「怪談」のひとつに、そんな共同溝の工事現場のエピソードが書きとめられている。この「怪談」が記録されたのは2008年(平成20)だが、その時点から10年ほど前ということなので、20世紀の末ごろに起きた出来事なのだろう。
場所は、おそらく公開するにあたって伏せられているのでハッキリしないが、東京2020へ向けた「東京都無電柱化方針」の事業ではなく、別事業の一環として前世紀末から実施されていた共同溝の埋設工事だと思われる。国土交通省の記録を見ると、「無電柱化整備場」の第3期(1995~1998年)に属する工事だったのではないかとみられる。では、同年に角川書店から出版された木原浩勝『九十九怪談/第一夜』に収録の、「第二十三話・地下坑道」から引用してみよう。
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十年ほど前(1998年ごろ)、都内で地下共同坑の工事があり、Sさんはその現場で監督をしていた。/その日も、ショベルカーを使って道路を掘り起こす作業をしていた。/そこへ突然Sさんのいる作業室の扉が開いて、作業員が飛び込んできた。/作業中に突然ガリッガリッと、ショベルカーのバケットの先が煉瓦のようなものに当たったのだという。/そんなバカな!/図面を見るまでもなく、この辺りにそんな古い下水道のようなものなどない。/Sさんは確認のため、ショベルカーを使わずに掘るよう指示を出した。/現場に着くと作業員たちがシャベルを持って、ショベルカーの掘った辺りを掘り始めていた。/しばらくするとあちこちから、ここにも何かありますと声があがりだした。/どうやら、想像以上に大きなものが埋まっているようだった。/注意しながら半日ほど掘ると、かなり長い半円柱状のものが出てきた。煉瓦造りの構造からして戦前に造られた、トンネルのようなものなのだろう。(カッコ内引用者註)
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地下から出てきた「坑道」とみられるトンネル状の構造物は、公式な記録(国交省ないしは東京都の図面)には残っていなかったのが、現場監督“Sさん”の対応から明らかだ。Sさんは、「戦前に造られた」と判断したようだが、レンガ積みによる工法はもっと古い時代の遺物を想起させる。
大正期に入ると、セメントClick!の生産に拍車がかかってコストが大幅に下がり、地上の建築はもちろん地下の構造物も、大粒の玉砂利を混ぜたコンクリートClick!で造られるのが一般化した。工事で発見された「坑道」がレンガ造りだったことは、より古い時代の遺構、すなわち明治期の造作を思わせる仕様だ。以前、こちらでご紹介した学習院に保存されている「下水溝」の写真(どう見ても下水溝には見えないトンネルだが)も、頑丈なコンクリートで構築されているので、大正期以降の建造物だろう。
地下にあるトンネル状の構造物は、その強度の課題によりレンガ造りからコンクリート造りに取って代わられたのは、大正期のかなり早い時期からではないかと思われる。つづけて、同書の「地下坑道」から引用してみよう。
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構造物は、共同坑を横断するよう左右に横たわっていた。/このまま放置していては工事が進まない。/いや、そもそもこの構造物は何だろう?/Sさんは、とりあえずショベルカーで壊して中を確かめることにした。/注意深くショベルカーのバケットが、煉瓦を何度か叩くうちに、ガラガラと崩れ落ちて大きな穴が空いた。/作業員たちは、先を争うようにして空いた穴に近寄り中を除き込むと途端に、わぁっと叫び声をあげて、一目散に穴から逃げだした。/Sさんは何があったのかと、穴に駆け寄って中を覗くと暗闇のトンネルの真下に鉄兜を被った白く光った人のようなものが立っている。/人? まさか人がいるわけがない! と目をこらして見ると、白い顔がこちらを見上げた。/うすぼんやりしたその顔には目も鼻も何も見えない。/うわぁ! お化けだ!
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……と、それから現場は大騒ぎになるのだが、街中で幹線道路沿いの工事現場という騒音だらけの環境から、Sさんをはじめ作業員たち全員が、集団催眠に陥って幻覚を見たとは考えにくい。煉瓦で造られたトンネルの穴から、それがのっぺらぼうの「人のようなもの」だったかは不明だけれど、“何か”を見たのは確かなのだろう。
地下から、公式図面には記載されていないレンガ造りのトンネルが出現し、あらかじめ少なからず不安と戦慄をおぼえる心理状態だったせいで、あらぬものが見えてしまった可能性は否定できないが、ここで問題なのは「お化け」が出たことではない。(そうはいっても、そちらのテーマにも興味津々なのだがw) わたしが問題にしたいのは、同書の趣旨からまったく外れてしまうが、地下から出現したトンネル状の構造物の存在、つまり道路沿いの共同溝工事を想定すれば、その道路とは交叉していたとみられる地下トンネルとは、いったいなんだったのかということだ。
明治の早い時期から、巣鴨監獄(現・池袋サンシャインシティ)の地下に造られた弾薬庫の存在は、いまではかなり知られている。そこから、地下トンネルを通じて弾薬が東京湾沿岸へ供給されるルートが存在したらしいことも、いくつかの書籍や資料で指摘されている。これらトンネルの存在は、軍機に属することなので当時も、また現在でも公開されていない。いや、その資料自体が関東大震災Click!や東京大空襲Click!で滅失してしまって存在しないのかもしれない。
ひょっとすると、共同溝工事をしていたSさんのチームは、明治期に煉瓦で構築されたそんなトンネルのひとつを、偶然掘り当ててしまったのではないか。この工事現場の場所がハッキリすれば、トンネルが通っていた方角や地面からの深さなどで、別の地点を調査することも可能なのではないだろうか。また、「お化け」(いたとすればw)が鉄兜をかぶっていたことから、戦時中もなんらかの用途で使われていた可能性もありそうだ。先述した根津山のケースも同様だが、東京の地下にはいまだ不明な点が多すぎる。
Sさんの工事現場では、「お化け」を目撃した翌日に、近くの社(やしろ)から神主を呼んでお祓いをしてもらい、早々に埋めもどしている。ついでに、工事をしていた区の教育委員会に連絡して調査を依頼すれば、工期はやや延びるかもしれないが、これまでウワサでしかなかった明治期の遺構が改めて確認され、世紀末の「大発見」になっていたのではないかと思うと、あっさり埋められてしまった「お化け」とともにちょっと残念だ。
◆写真上:無電柱化の工事を終えた、落合地域を南北に貫通する山手通り(環六)。
◆写真中上:上は、戦前には「地下街路」と呼ばれた共同溝。下は、現代の共同溝。
◆写真中下:上は、学習院に保存されている「下水溝」と書かれた写真だが、どう見ても下水には見えない。中は、敗戦間近な時期に日吉台の地下へ設置された聯合艦隊司令部の地下壕。下は、昭和初期に造られた西武鉄道のコンクリート柵。
◆写真下:上は、2017年1月に作成された国交省のPPTデータ「無電柱化の現状」報告書より。中は、無電柱化工事を終えた聖母坂で残っているのは通信線柱。下は、無電柱化工事で設置されたトランスなどが収納された地上機器。これが電柱にも増して邪魔に感じるので、ぜひ制御機器のコンパクト化を追求してほしい。