今年の5月から7月初旬ぐらいにかけて、下落合は街歩きがたいへん盛んだったようだ。平日・休日を問わず、あちこちで10~30人ほどで歩く団体を見かけた。数人で歩く人たちを加えたら、その数は膨大な人数となるだろう。落合地域が注目されていてうれしい反面、ルートの大半は一般の静かな住宅街なので、そこには守ってほしいマナーがあると思うのだ。
街歩きの人たちは、なぜか郊外ハイキングClick!に出かけるような服装をしていて、地図や資料を手にしているのですぐにわかるのだが、都心の新宿区を歩くのだからふつうの服装でもいいじゃないか・・・という感想はともかく、総じておしゃべりがすぎるのだ。w 大人数だから、数人同士がおしゃべりをしても、閑静な住宅街では意外に大きく響く。ましてや、リーダーが列のうしろに向かって、「時間が押してますから、早めに歩いてくださーい!」などと大声をあげるのは、明らかにマナー違反だと思う。家の中にいる人は、言葉を明確に聞きとれるわけではないから、外で怒鳴り声のような音を聞いたら、不安になって窓から顔を出すだろう。
わたしの家の近くも、いろいろな街歩きのコースになっているのか、たくさんの人たちが通過する。近くに残る下落合の畑Click!を見て、「ねえ、ちょっとちょっと、ナスやキュウリがなってるわよ~!」と黄色い声をあげるのは、新宿で畑を見つけること自体が異様な光景なので、まあ許せるとしても、畑の中に入ろうとするのは明らかにまずい。毎朝、S様がていねいに畝を耕し、草むしりや水やりを欠かさないたいせつな耕地へ、「土足」で踏みこむのはなんともいただけないのだ。白状するが、わたしも一度この畑裏の井戸が残る林へ足を踏み入れたことがあるけれど、それは逃げ出したネコを探しながら、もしかして古井戸へ落ちたのではないかと確認しに足を踏み入れたときだけだ。そのときも、畑のあるエリアへは近づかなかった。
にぎやかにおしゃべりをしたいのなら、近くに人家の少ない公園や森の中、喫茶店などで存分にしてほしいのだが、寺社の境内や墓地で騒ぐ人たちがいるのも困ったものだ。近くの薬王院では、ボタンが開花すると毎年大勢の人たちがやってくるが、下の駐車場と参道階段の丘上とで「会話」しているのを聞いて、唖然としてしまった。「そこに、〇〇いる!?」「いないよ~!」「どこにいったんだ~?」「知らな~い!」と、当然、怒鳴り合いの「会話」になるのだが、それがとても異常なことだとは感じていないようなのだ。これらのマナー違反は、若い子たちのグループに多いかというと、実はそうではない。いい歳をした、分別ざかりの中高年の方々に多くみられる現象だ。
先日、杉並区の資料館へ立ち寄ったときに、杉並区教育委員会が作成した街歩きマップをいただいてきた。杉並区の街々を、テーマ別に歩くことができる便利な地図なのだが、そこに「文化財を散策される皆さんへ」と題した注意書きが掲載されている。その文面は、別に杉並区に限らず、どこの街角でも通用する“お約束”なので、ここにその全文を引用掲載してみよう。
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★許可なく個人の敷地内に入ることは絶対にしないでください。
★文化財の所有者の迷惑とならないよう、十分に配慮してください。
★寺社の境内・墓地は、信仰の対象であり祖先祭祀の場です。特に墓碑の見学は、
お寺や所有者の方々にご迷惑にならないようお願いいたします。
★文化財を破損するような行為は慎んでください。
★文化財のある場所やその付近では、火気の取扱いに、喫煙などは絶対にやめてください。
★一部の見学場所において地図上に注意事項を標記しましたのでお読みください。
(事前の見学許可や敷地内立入り許可申請、住宅街なので静粛に等)
★団体で見学する場合は、前もって連絡をするようにしてください。
★掲載している文化財のうち、ご覧になれないものもあります。
★ルート上には交通量の多い場所もありますのでご注意ください。
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なんだか、遠足や修学旅行の注意プリントのような項目が並んでいるのが、なんとも情けないことこの上ない。これらの事項をわきまえない、いい歳をした大人たちが大勢いるのだろう。
杉並区の教育委員会が作成した街歩きマップもよくできているが、最近お気に入りのマップを見つけたのでご紹介したい。それは、新宿にある東京都公園協会が制作したもので、江戸東京博物館運営委員会の専門委員である北大の越澤明教授が監修しているものだ。散策マップによく見られるコート系の用紙ではなく、シワや指紋、ヨゴレが目立ちにくいマット系の用紙を用いているのも、使用者に配慮した優れた仕様だと思う。サイズはA全の4色カラー印刷(八ツ折り)で、発色もコート紙よりも落ち着いており、手ざわりもしっとりとして使いやすい。
千代田城Click!を中心に、日本橋や神田をはじめ東京の(城)下町Click!=旧市街地を全的に紹介しており、名所旧跡からいまに残る近代建築までが網羅されている。この地図さえあれば、下町の散策を効率よく楽しめるだろう。また、同地図が優れているのは、1923年(大正12)9月1日の関東大震災Click!と1945年(昭和20)3月10日の東京大空襲Click!で、壊滅した街々を明示している点だ。どのように延焼が拡がり、多くの犠牲者を巻きこんで焼失していったのかを、視覚的かつ直感的に把握できるようになっている。わずか68年前、あるいは90年ほど前にそこで「なにが起きたのか?」Click!、散歩する足下にはなにが眠っているのかを知るよすがになるだろう。
余談だけれど、この夏も「心霊スポット」とか「事故物件」などという言葉をよく耳にした。室町末期の古戦場跡に出る亡霊のたたりとか、仕置き場跡に残る処刑者の呪いとかいう類の、ありがちな怪談話なのだが(わたしもそのテの怪談話は、決してキライではないのだけれど)、死者の阿鼻叫喚からそれほど時間のたっていない、東京という街全体が「心霊スポット」であり、市街地が丸ごと「事故物件」であることを、決して忘れないでほしいと思うのだ。
下落合の街歩きClick!は、わたしも三度ほどお引き受けしたことがあるのだが、みなさん住宅街や寺社を歩かれるときは静かに会話されていた。公園に着くと、少しにぎやかになって記念写真などを撮られていたけれど、それが街歩きの常識的な感覚だと思うのだ。いつから、小学生たちの遠足のように、あたりかまわず声高に騒ぐ街歩きのグループが登場したものだろうか?
◆写真上:四季を通じて、さまざまな野菜が実る下落合の畑地。
◆写真中上:下落合のいろいろな街角風景。
◆写真中下:上は、薬王院の森。下は、佐伯祐三アトリエ(左)と中村彝アトリエ(右)。佐伯アトリエのカラーコピー画面が、ようやく中村彝アトリエと同様の「複製画」レベルに変更された。
◆写真下:東京都公園協会が、2012年(平成24)に発行した「みどりと歴史のお散歩マップ」。