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Channel: 落合学(落合道人 Ochiai-Dojin)
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街の風情という「景観法」の視座から。

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日暮里富士見坂01.JPG
 江戸東京で「富士見」と名づけられた坂道や町名は多いが、今年の夏、実際に都内で富士山が眺められる唯一の坂道になっていた荒川区の日暮里富士見坂から、その眺望が消えてしまった。世界遺産委員会のイコモス(同委員会諮問機関)から、アロウズ委員長名で「眺望遺産」決議の書類が荒川区へととどけられた直後のことだ。また、同富士見坂は2004年(平成16)に国土交通省から「関東の富士見100景」のひとつにも選ばれていた。眺望が失われた理由は、文京区千駄木3丁目の不忍通りにできた高層マンションの建設によるものだ。
 日暮里富士見坂は、谷中散歩のコースにも必ず入れられる名所であり、江戸期には飛鳥山の花見や王子稲荷Click!の参詣へと向かう、江戸市民の重要な幹線道に接した歴史的にも多くの物語が眠るポイントだ。尾根筋からは、西に富士山、東に筑波山が眺められた眺望のきく有数の地域であり、ここからの眺めをモチーフに制作された絵画作品も多いだろう。ちなみに、日暮里富士見坂は下落合へアトリエを建てる直前の中村彝Click!中原悌二郎Click!などの下宿Click!、あるいは下落合の近衛町Click!に住んだ岡田虎二郎Click!静坐会Click!をもよおし、新宿中村屋Click!相馬黒光Click!らが通った本行寺の、ちょうど裏手にあたる坂道だ。
 「日暮里富士見坂を守る会」Click!の池本達雄様から、「下落合みどりトラスト基金」Click!が進める“タヌキの森”の緑地公園化を求めるたくさんの署名とともに、同会の資料をお送りいただいたのは10月の初めのことだった。日暮里富士見坂のことは、ニュースや新聞で見聴きして知ってはいたけれど、実際にマンションが起工されてから同富士見坂を訪れていなかったわたしは、さっそく出かけてみた。富士見坂に立ってみると、すでにマンションは竣工に近い状態で、富士山はまったく隠れて見えなくなっていた。しかも、同マンションの外壁色がダークグレイないしは黒色で、周囲の景観や風情とはまったく調和せず、異様な感じをうける。
 日暮里富士見坂の眺望を守るために、荒川区では自治体や建設業者へ向けたアピールの意味もこめたパンフレットを作成している。西川太一郎区長の呼びかけを、全文引用してみよう。
  
 古来から富士山は、我が国を象徴する山として誰からも愛されてきました。現在、都心部には16箇所の富士見坂と呼ばれる坂があり、この中で唯一名前の通り富士山を眺望できる場所は、日暮里富士見坂だけです。/日暮里富士見坂は、平成16年に国土交通省より「関東富士見100景」に選ばれ、「東京富士見坂」として選定されるなど、荒川区のみならず、東京都の貴重な歴史的風景遺産として、将来に引き継いでいくことが大変重要なことであると認識しております。また、平成24年5月には、イコモス(国際記念物遺跡会議)から、荒川区をはじめ、新宿区、台東区、文京区、豊島区及び東京都に対し、日暮里富士見坂からの眺望の保全に関する要請書が送付されました。荒川区としては、このイコモスの決議を重く受け止めているところであります。/こうした中、日暮里の富士見坂から富士山を望むビスタライン上の関係者の皆様には、この趣旨を御理解のうえ、建築計画にあたっては、是非とも、御協力をお願い申し上げます。
  
 政府は、2004年(平成16)に「景観法」を制定しているが、この法律を実際に活かした取り組みをしようとする自治体や地域、団体はまだまだ数が少ない。良好な景観を整備・保全するという基本理念のもと、行政や住民、事業者がともに景観や住環境の保全を考えるケーススタディなど、皆無に近い。1964年(昭和39)の東京オリンピックで、日本橋の上に架けられた高速道路に象徴される、地域の安全性無視(防災インフラの食いつぶしClick!)やコミュニティ破壊(町殺しClick!)がなされたままの(城)下町Click!の惨状を見れば、都内ではほとんど絶望的とすら思えてくる。
日暮里富士見坂を守る会パンフ.jpg 荒川区景観法パンフ.jpg
 下落合の“タヌキの森”事例のように、多くの場合は行政(違法認定・裁定を繰り返した新宿区建築課や新宿区建築審査会)と建設業者が「結託」して、地域住民と対立する構図が多いのだが、日暮里富士見坂のケースは地域住民と行政が一体となって、景観を破壊しようとする建設業者と対峙しているところが、これまであまり例を見ない新しい取り組みだ。
 今年(2013年)に入り、「日暮里富士見坂を守る会」や荒川区は、千駄木の高層マンションが解体される50年後を見こし、富士山の眺望が担保されるよう未来へ向けた取り組みを早くもスタートしている。そして、眺望ライン(ビスタライン)に関係する西隣りの文京区をはじめ、台東区や豊島区、新宿区へ向けた高層ビルの建設に関する要望や働きかけを行っている。以下、新宿区の中山弘子区長あてに出された、大久保3丁目に建設中のビルに関する要望書を引用してみよう。
  
 新宿区長 中山弘子様
 日頃より景観への深いご理解に心より感謝申し上げます。貴区大久保3丁目の住友不動産による超高層ビル建設計画に対し、日暮里富士見坂からの富士山の眺望への配慮を通告していただきましたことは、力強いお取り組みと感謝いたしております。/この度、イコモスより富士山を世界文化遺産に登録するよう勧告が出されたことは喜ばしい限りですが、昨年来、東京都荒川区にあります日暮里富士見坂からの富士山の眺望につきましては、胸の痛くなる日々が続いております。日暮里富士見坂を守る会は、日暮里富士見坂からの富士山の眺望を文化遺産と位置づけ、都心に唯一残された地面に立って富士山を望める富士 見坂の眺望の保全に向け、力を尽くしております。歴史的景観である日暮里富士見坂からの富士山の眺望の保全のためのご指導と、広域景観形成へのさらなるお取り組みを改めてお願いしたく、要望書をお送りいたします。
 【日暮里富士見坂からの眺望保全への要望書】
 1.貴区大久保3丁目の住友不動産による超高層ビル建設工事が再開しておりますが、引き続き日暮里富士見坂からの富士山の眺望保全への配慮および計画変更を含めた善処を建築主に対しご指導いただけますようお願いいたします。
 2.貴区におかれましては歴史的眺望の保全のためのご活動と、行政界を超えた広域景観形成へのさらなるお取り組みをお願いいたします。
  
日暮里富士見坂02.JPG
日暮里富士見坂03.JPG 日暮里富士見坂1990.jpg
 さて、下落合の“タヌキの森”のケースは、1地域の案件としてとらえるなら、誰が見ても非常に荒っぽくかつお粗末な建築基準法違反の顛末にすぎないのだが、視界をもう少し拡げるならば、新宿区が提唱する「七つの都市の森」構想Click!に直結する案件であることに気づく。中山区長をはじめとする新宿区(建築課は知らないが)は同構想において、目白崖線沿いの落合地域につづくグリーンベルトを全的に保全、ないしは復活させる計画を推進中だ。
 そして、「日暮里富士見坂を守る会」や荒川区による景観あるいは環境保全の視座から、改めて“タヌキの森”さらには新宿区による「七つの都市の森」構想を眺めるなら、目白崖線に連なるグリーンベルトの課題は新宿区のみにとどまらず、西隣りの中野区に位置する和田山Click!(井上哲学堂Click!)はもちろん、東隣りの豊島区にある学習院Click!の森、さらに文京区の目白台Click!から椿山(旧藤田邸)Click!へとつづくテーマであることに、期せずして気がつくことになる。
 わたしとしては、行政が率先して落合地域の緑を増やす計画には賛成なのだが、それにはこれ以上グリーンベルトを寸断する大型開発や、補助73号線計画Click!に象徴的な大道路を建設せず、目白崖線沿いの景観や環境をさらに悪化させない・・・という前提条件がともなう。そして、日本橋を中心とする下町の行政には、関東大震災Click!で担保された防災インフラをできるだけ多く復活させて次の震災に備え、安全性のみならず景観や環境を意識した街づくりを進めてほしい。下町は名所旧跡だらけなのに、震災や空襲Click!の被害に遭っているとはいえ、わずかに残った面影や景観を顧みずに壊しつづけた、「なにもない」殺風景な街づくりには、もうウンザリなのだ。
日暮里富士見坂ダイヤモンド富士.jpg 下落合タヌキの森ダイヤモンド富士.jpg
新宿区「七つの都市の森」構想.jpg
 日暮里富士見坂は、冬場の“ダイヤモンド富士”が見られる美しい坂道としても人気があった。下落合の丘上や坂道からは、いまでもきれいに見ることができるけれど、ダイヤモンド富士とは富士山頂に沈む、黄金色に輝く夕陽のことだ。東京では11月中旬と1月下旬に見られるのだが、同富士見坂からダイヤモンド富士が再び眺められるのは、推定あと50年は待たなければならない。それとも、その前に大震災が再び東京を襲い、高層ビルの住民たちは自宅が倒壊していないにもかかわらず、エレベーターシャフトが歪んですぐには修復できずに、毎日の食料や水を上層階まで階段で運び上げざるをえず、ようやく自分たちが「震災難民」化していることに気づいて、高層ビルから離れるのだろうか。そして、焼け残り廃墟化した高層マンション群は、解体されるか、少なくともハシゴ車がとどいて消火が可能な階まで減階化される日が、50年より前にくるのだろうか。

◆写真上:富士山の眺望が、黒いビルに遮られて見えなくなってしまった日暮里富士見坂。
◆写真中上は、「日暮里富士見坂を守る会」が発行した景観保全のパンフレット。は、荒川区が作成した日暮里富士見坂の眺望保全と景観を訴えるパンフレット。
◆写真中下は、現在の日暮里富士見坂の様子。下左は、富士山型の透かしで親しまれている谷中散歩ではおなじみの街灯。下右は、1990年(平成2)に撮影された富士見坂からの眺望。(「日暮里富士見坂を守る会」パンフレットより/撮影:石川正様)
◆写真下上左は、日暮里富士見坂から眺めた富士山頂に沈むダイヤモンド富士の夕陽(荒川区パンフレットより)。上右は、下落合の“タヌキの森”から眺めた1月下旬のダイヤモンド富士(撮影:武田英紀様)。は、新宿区が推進する「七つの都市の森」のうち落合地域の崖線全域で計画・推進されているグリーンベルトの保全・復活。
いつもどおりわが家から録音した、今回はヒヨドリがかまびすしい下落合の晩秋サウンド。


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