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続・岡田虎二郎のずぶ濡れ帰宅ルート。

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岡田虎二郎邸跡.JPG

 以前、岡田虎二郎Click!が1920年(大正9)9月30日に台風の暴風雨と遭遇し、自宅へともどった「ズブ濡れ帰宅ルート」Click!をご紹介した。そのとき想定したのは、娘の岡田礼子Click!が暮らしていた下落合404番地、すなわち近衛町Click!の住宅番号でいうと近衛町6号を想定していた。だが、この近衛町6号の家は岡田虎二郎の死後、どうやら大正末ごろに虎二郎の妻と娘が下落合内を転居して、住んだ家らしいことが判明した。
 岡田虎二郎は1920年(大正9)9月30の木曜日、東京各地で開かれている静坐会の会場をまわっていた。1972年(昭和47)に春秋社から出版された『ここに人あり~岡田虎二郎の生涯~』によれば、木曜日の順路は早朝の本行寺(日暮里)にはじまり、笹川てい宅(西片町)→徳川慶久Click!(第六天町)→田健次郎(広尾町)→生田定七(加賀町)→宗参寺(弁天町)→青山幸宣(富士見町)→斎藤浩介(四谷伝馬町)→中村雄次郎(四谷仲町)→須藤諒(若葉町)→西教寺(本郷追分)と、市内を精力的にまわっている。そして、最後の西教寺で東京市は台風の直撃を受けて、大暴風雨の圏内に入ってしまったようだ。
 台風一過の翌日、日暮里の本行寺Click!へと向かっていた相馬黒光Click!は、目白駅Click!で偶然いっしょになった岡田虎二郎の様子を記録している。1977年(昭和52)に法政大学出版局から出版された『黙移~明治・大正文学史回想~』から引用してみよう。
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 先生逝去の直前、大暴風雨がありまして、池袋の辺りから目白にかけて一面の泥海と化したことがありました。夜おそく先生はその水の中を歩いてお帰りになりました。その翌日、私は省線に乗り日暮里に向って走っていますと、目白駅(先生のお宅はそのころ落合村にありました)から先生が乗り込まれ、私のすぐ隣りに腰をおろされました。私がかつてお貸しした「シェンキウィッチ」の「先駆者(谷崎氏訳)」についてこうお尋ねになりました。/『あの「先駆者」を読んでどこが面白かったか』(後略)
  
 相馬黒光は、1921年(大正10)10月1日の出来事として記録しているが、岡田虎二郎は前年の1920年(大正9)に死去しているので、記憶に1年間のズレがある。
 ちなみに、10月1日の金曜日に岡田虎二郎がまわっていた静坐会会場は、本行寺(日暮里)→遠藤少五郎(本郷)→長谷川保(本郷元町)→久能木商店(日本橋室町)→統一教会(芝花園町)→稲葉順造(飯倉片町)→有馬頼寧(青山北町)→岩手脩三(駿河台袋町)→豊原清作(神田松住町)ということになる。淀橋角筈の相馬愛蔵Click!・黒光がいる新宿中村屋Click!へは、毎週月曜日の本行寺(日暮里)の次にやってきていた。会場先には当時の皇族や華族、財閥系の屋敷も多く含まれており、安田善之介(本所横網町)や安田善四郎(日本橋小網町)、東伏見宮(赤坂葵橋)、前田利満(小石川三軒町)、井伊直安(柏木)、徳川達道(小石川林町)、鍋島直明(青山南町)などの名前も見えている。
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岡田邸跡1925市街図.jpg

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岡田邸跡1925出前地図.jpg

 さて、相馬黒光が「落合村にありました」と書いている岡田虎二郎の家は、彼が死去した自宅の特定から下落合356番地であることが判明した。この住所は、おそらく大正後期に地番変更がなされた区画であり、1925年(大正14)現在の明治期からつづく「落合村市街図」→「落合町市街図」では、下落合350番地のままとなっている場所で、356番地は欠番だった可能性が高い。つまり、岡田虎二郎の死去と相前後するように、下落合350番地が356番地へと変更された可能性がある。
 下落合356番地は、ミツワ石鹸Click!三輪善太郎Click!敷地の北側にあたる一画で、のちに同社重役の衣笠静夫Click!が住む敷地の東隣りだ。同地番の岡田邸は、したがって三輪家からの借地だったと推定でき、ひょっとすると岡田家は三輪家が敷地内に建てた借家に住んでいたのかもしれない。岡田虎二郎は、1920年(大正9)10月14日の夜に倒れ、翌日に青柳病院へと入院し、10月17日の深夜に尿毒症で急死している。
 さて、岡田虎二郎の葬儀を愛知県渥美郡田原町で挙げたあと(おそらく東京でも静坐会の会員たちによる葬儀または追悼式が行われただろう)、遺族の妻・き賀と娘の礼子はいつ近衛町へと引っ越しているのだろうか。大正期の明細図から、順番にたどってみよう。まず、1925年(大正14)に発行された「出前地図」Click!では、下落合356番地に「藤田」という名前が採取されている。だが、この種の地図でよく見られるように、「藤田」ではなく「岡田」ではなかったかという、住民名の採取まちがいの可能性が残る。
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岡田邸1926.jpg

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岡田邸跡1938.jpg

 翌1926年(大正15)に作成された「下落合事情明細図」では、下落合356番地に「渡辺」という人物が住んでいる。したがって、同年にはすでに岡田家は356番地にいなかったとみられる。ちなみに、1938年(昭和13)作成の「火保図」を参照すると、すでに「渡辺」から「庄司」という人物に変わっているのがわかる。このように、めまぐるしく住民名が入れ替わる家は、借地・借家だった可能性が高いのだ。
 もし、「出前地図」に採取された「藤田」が「岡田」の採取ミスであれば、岡田家は虎二郎の死後1925年(大正14)までの4年余りを下落合356番地で暮らし、同年に下落合404番地の近衛町6号敷地へと転居していることになる。また、岡田虎二郎の死後ほどなく近衛町へ転居しているとすれば、東京土地住宅Click!が近衛町の販売をスタートした1922年(大正11)ごろ、すなわち虎二郎の死から2年後ということになるだろうか。岡田家は虎二郎の多大な収入から裕福であり、近衛町の土地をすぐに購入して自邸を建設できただろう。ただし、とりあえずは土地を購入しただけで、すぐに自邸は建設せず、女所帯なので周囲に住宅が増えてから家を建てているのかもしれないのだが……。
 藤田孝様Click!のもとに、東京土地住宅の常務取締役・三宅勘一Click!の名前が入った「近衛町地割図」が保存されている。目白駅近くの金久保沢Click!あたりに「豊島区」の名称が入っているので、大東京35区時代に入る1932年(昭和7)以降に作成された地割図だと思われる。同図には、「下落合四〇四番地四号」と「弐百拾弐坪四合」の記載とともに、岡田礼子の名前が採取されている。すでに岡田虎二郎の妻・き賀の名前ではなく娘の名前になっているところをみると、ほどなく母親もつづけて死去したものだろうか。
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岡田虎二郎帰宅ルート.jpg

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岡田礼子邸1935頃.jpg
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岡田虎二郎.jpg

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岡田礼子邸跡.JPG

 下落合356番地の家は、下落合404番地の近衛町よりもかなり遠いので大暴風雨の中、岡田虎二郎はかなり身体にこたえただろう。目白駅付近から下落合の丘陵に上ったのだろうが、道路はまったく舗装されていない時代だ。強風にあおられながら、泥道のぬかるみで足を取られ、Click!が脱げてしまったかもしれない。大正当時の道筋をたどると、目白駅あたりから旧・近衛邸のある丘上へ出て、林泉園の尾根上を通る最短距離を歩いたとしても、下落合356番地の自宅まではゆうに800m弱ぐらいはありそうだ。

◆写真上:下落合356番地にあった、旧・岡田虎二郎邸跡(右手の白塀)の現状。
◆写真中上は、1925年(大正14)に作成された「豊多摩郡落合町市街図」にみる下落合356番地。いまだ明治期の350番地のままで356番地は欠番となっており、大正後期に地番変更が行われているとみられる。は、同じく1925年(大正14)に作成された「出前地図」(「下落合及長崎一部案内図」)にみる下落合356番地の「藤田」邸で、「岡田」邸だったにもかかわらず表札の誤採取の可能性が残る。
◆写真中下は、1926年(大正15)作成の「下落合事情明細図」にみる下落合404番地の岡田邸と下落合356番地の渡辺邸。は、1938年(昭和13)作成の「火保図」にみる下落合356番地の庄司邸と、その周囲に拡がる三輪善太郎邸敷地。
◆写真下は、1920年(大正9)9月30日の大暴風雨の日にずぶ濡れになった岡田虎二郎の新・帰宅ルート。w 中左は、藤田孝様の家に残る「近衛町地割図」の近衛町6号に掲載された娘の岡田礼子邸。中右は、おそらく20代後半か30代前半とみられる岡田虎二郎。は、下落合404番地(近衛町6号)に建っていた岡田邸跡の現状で、岡田礼子から敷地を購入してアトリエを建てているのは安井曾太郎Click!だ。


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