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Channel: 落合学(落合道人 Ochiai-Dojin)
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長谷川利行のスケッチブック。

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長谷川利行スケッチブック1.JPG
 『江戸期からの中野伝承と丸山・三谷。』Click!シリーズ記事の連載途中だが、展覧会の開催期限がある急いで書きたい記事ができたため、そちらを優先して書いてみたい。
  
 下落合630番地Click!里見勝蔵アトリエClick!へ、長谷川利行Click!がときどき訪問して食事や酒をご馳走になっていた話を、以前記事Click!にしたことがある。上戸塚(現・高田馬場4丁目)に住んでいた片想いの相手である藤川栄子アトリエClick!も含め、長谷川利行が歩いたであろう下落合の散歩コースを想定したものだ。
 そこにはもうひとり、利行に誘われて同行していた画家がいたことを、一昨年からうかがっていた。1930年協会展に出品していた画家のひとりであり、のちに独立美術協会の会員になる谷中の洋画家・熊谷登久平だ。ふたりは連れ立って里見アトリエに上がりこみ、ひと晩で日本酒を3升も空けたことがあったという。
 谷中の熊谷登久平アトリエ跡へご案内いただいたのは、日暮里富士見坂を守る会Click!池本達雄様Click!だ。そして、わたしは熊谷邸で信じられないものを目にすることになった。この世には存在しないといわれていた、長谷川利行が愛用していたスケッチブックだ。朝日新聞が、昨年(2020年)1月14日に「『日本のゴッホ』東京素描 放浪画家・長谷川利行のスケッチ発見」と、写真入りで記事にする3ヶ月前のことだった。
 長谷川利行と熊谷登久平は当時、気のおけない親友同士の間がらだったようで、ふたり連れ立っていろいろな洋画家たちを訪問していたらしい。特に長谷川利行Click!は、1930年協会Click!の第2回展(1927年6月17日~30日/上野公園日本美術協会)へ『公園地域』と『陸橋のみち』、『郊外』の3作品が入選して以来、同協会の会員画家あるいは出品画家たちを訪ねることが多かったとみられる。そんな機会に、親友だった熊谷登久平を誘い、里見勝蔵アトリエへ同行したものだろう。
 熊谷登久平も、1930年協会の第3回展(1928年2月11日~26日/上野公園内日本美術協会)に、熊谷徳兵衛の名前で『雪の工場地』『軽業』の2点が入選している。つづいて、同協会の第4回展(1929年1月15日~30日/東京府美術館)では徳兵衛改め熊谷登久平の名で『居留地風景(横浜)』と『冬』の2点が、最後の第5回展(1930年1月17日~31日/東京府美術館)には『千厩風景』と『雪の気仙沼港』の2点がそれぞれ入選している。つまり、ふたりは昭和初期から1930年協会展では常連画家だったわけで、お互い連れ立って出かける機会も多かったのだろう。
 熊谷登久平のご子孫にあたる熊谷明子様Click!から、さっそく熊谷アトリエに遺されたスケッチブックを拝見する。利行のスケッチブックは、おそらくこの世に1冊しか存在しないと思われるので、緊張しながら黄ばんだページを1枚1枚めくっていく。
 長谷川利行が生存中から、彼の熱心な作品コレクターであり、ミツワ石鹸Click!で役員をつとめていた下落合1丁目360番地(現・下落合3丁目)の衣笠静夫Click!コレクションにも、スケッチブックまでは含まれていなかっただろう。スケッチブックは、少し茶色がかったグレーの無地の表紙で、どこへ出かけるにも手軽に持ち歩けるよう、約135mm(タテ)×約200mm(ヨコ)とかなり小さめなサイズだ。見るからに廉価そうな用紙の各ページには、利行らしい筆づかいで手ばやくスケッチした街中の人物たちや風景、憶え書きとして書きとめられたとみられる乱雑な文章が横溢していた。
 わたしは、寸法を測る表紙のみを撮影し、中身のスケッチ類は遠慮して撮影しなかったのだが、熊谷明子様が撮影されたスケッチの写真類を引用してもかまわないとお許しをいただけたので、拙記事にそのほんの一部だがピックアップして掲載してみたい。おそらくカフェか喫茶店で描いたのだろう、すばやく勢いのある鉛筆の走り描きでとらえられた会話する人物たち、銀座の路上だろうかモガと和服姿らしい女性が立ちどまり会話をする様子などなど、風景ではなくほとんどが人物像の描写だ。
長谷川利行スケッチブック2.JPG
長谷川利行スケッチ1.jpg
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人物スケッチとともに、そこになぐり書きされた文章の筆跡は、彼の出した手紙やハガキ類と比較すると、まちがいなく長谷川利行のものだろう。お互い親しく交流する中で、利行が訪問した際に熊谷登久平のもとへスケッチブックを置き忘れていったか、あるいはなにかの記念にスケッチブックを譲渡したものだろうか。
 熊谷登久平アトリエ跡を訪問してから、2020年に入りCOVID-19禍が急拡大したためにすっかりご無沙汰してしまったのだが、先日、熊谷明子様からわざわざご連絡をいただいた。根津駅の近くにある「池之端画廊」Click!で、谷中や上野界隈の家々に残る画家たちの作品群を集めた、地元ならではの展覧会が開かれるという。そこで展示される画家たちは、同地域ではお馴染みの長谷川利行や熊谷登久平をはじめ、1930年協会の画家たちが描いた作品なども多い。また、東京美術学校(現・東京藝術大学)の門前にある沸雲堂Click!からも、秘蔵の作品が出品されるとうかがった。
 これは見逃がす手はないと、さっそく池之端画廊へ出かけてきた。「―明治・大正・昭和―時代を彩った洋画家たち(Ⅱ)」と題された展覧会に展示されている画家は、先の長谷川利行と熊谷登久平に加え、里見勝蔵Click!鈴木千久馬Click!麻生三郎Click!内田巌Click!、鶴岡政男、朝井閑右衛門、岡田三郎助Click!、寺内萬治郎、三雲祥之助、田中岑、村岡平蔵Click!、絹谷幸二、岡田謙三、浅尾丁策Click!らだ。そして、池之端画廊を経営されているのは、なんと鈴木千久馬のご子孫である鈴木英之様ご夫妻だった。
 展示作品でめずらしかったのは、薄塗りであっさりと水彩風に描かれた長谷川利行の『柿』と、岡田三郎助のめずらしい大きな日本画、麻生三郎が墨1色で描いた『浅尾丁策像』、そして画家たちに描け描けと勧められて制作した浅尾丁策の『トレド風景』だろうか。展示されている作品は、すべて地元の個人蔵のものばかりで、めったに目にする機会のない画面も多い。鈴木様に許可をいただき、展示作品の何点かを撮影させていただいた。
長谷川利行「熊谷登久平像」.jpg 長谷川利行「自画像」1928.jpg
池之端画廊.JPG
池之端画廊1F.JPG
池之端画廊2F.JPG
長谷川利行「柿」.JPG
長谷川利行「自画像」.JPG
 ちょっと余談だが、沸雲堂には整理されていない画家たちの作品が、まだ数多く保存されているともうかがった。以前、浅尾丁策が池袋Click!にあった豊島師範学校Click!近くの骨董店で発見して購入した、佐伯祐三の『便所風景』Click!について記事にしているが、1888年(明治21)から東京美術学校の門前で画道具を扱ってきた同店には、いまだ画家たちのめずらしい作品が眠っているのではないかと思うとワクワクする。
 池之端画廊には、周辺の散策マップや地元の資料なども置かれていて、谷中や根津、上野界隈を気軽に散歩する起点にはもってこいだ。
 ◆「―明治・大正・昭和―時代を彩った洋画家たち(Ⅱ)」展
  2021年2月3日(水)~2月21日(日) 池之端画廊(月・火曜は休廊)
 また、2月末から3月にかけては地元にアトリエがあった熊谷登久平展が開かれる。
 ◆「野獣派 昭和モダン 熊谷登久平」展
  2021年2月24日(水)~3月14日(日) 池之端画廊(月・火曜は休廊)
 池之端画廊は東京美術学校(現・東京藝大)が近いため、周囲は日本画家や洋画家、美術関係者たちの旧居跡だらけだ。画廊の周辺は、もともと広大な大河内子爵邸の敷地があり、界隈には藤野一友(洋画家)や加藤栄三(日本画家)、富田温一郎(洋)、大河内信敬(洋/河内桃子Click!の実家)、堀田秀叢(日)、狩野深令(日)、佐藤朝山(彫刻家)、望月春江(日)、鈴木美江(日)、池上秀畝(日)、岩田正己(日)、岡倉天心Click!……etc.と、上野桜木地域とともにアトリエ村ならぬ“アトリエ街”を形成していたような土地がらだ。
 COVID-19禍で家に引きこもりがちになり、体力も免疫力も落ちて健康のバランスを崩す方も多いようなので、たまには混雑や「密」を避けつつ、外をゆっくり散歩するのも健康のためにはいいのではないだろうか。
 熊谷登久平アトリエに遺された長谷川利行のスケッチブックは、地元の台東区が文化事業をすべて外注委託業務にし、文化財を受け入れられる施設もなく、また信じられないことに行政側(教育委員会)には専門の学芸員が存在しない(!?)とのことなので、いまだ寄贈先が決まっていないらしい。おそらくこの世に1冊しか存在しない利行のスケッチブックを、なんとか劣化して朽ち果てないうちに、後世へ保存することができないものだろうか?
熊谷登久平「キリスト昇天」.JPG
麻生三郎「浅尾丁策像」.JPG
岡田三郎助日本画.JPG
里見勝蔵「ルイユの家」.JPG
池之端画廊展1.jpg
池之端画廊展2.jpg
 長谷川利行は、1930年代に新宿の武蔵野館裏にあった天城画廊Click!でまとまった仕事をして、周辺に拡がる街の風景作品をいくつか残しているが、その地域的なつながりから新宿区に寄贈していただくというのはいかがなものだろうか? もっとも、現在はCOVID-19禍の真っただ中で、各地の自治体はそれどころではないとは思うのだが……。

◆写真上:熊谷登久平アトリエに遺された、長谷川利行が愛用したスケッチブック。
◆写真中上は、約135mm(タテ)×約200mm(ヨコ)とポケットに入りそうな長谷川利行のスケッチブック。は、熊谷明子様が撮影されたスケッチの一部。は、昭和初期に描かれた長谷川利行『熊谷登久平像』と同じく『自画像』(1928年)。(スケッチ画像は「熊谷登久平アトリエ跡に住む専業主婦は大家の嫁で元戦記ライター」ブログClick!より)
◆写真中下は、池之端画廊の入口と1・2階の展示室。は、薄塗りでめずらしい長谷川利行『柿』。は、里見勝蔵の『女』シリーズと並ぶ長谷川利行『自画像』。
◆写真下は、順番に熊谷登久平『キリストの昇天』、麻生三郎『浅尾丁策像』、岡田三郎助の日本画、里見勝蔵『ルイユの家』。は、池之端画廊の展覧会案内×2葉。

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