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Channel: 落合学(落合道人 Ochiai-Dojin)
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跋扈する妖怪たちと「魔道開珎」。

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魔道開珎表.jpg 魔道開珎古狸.jpg
 以前から、落合地域で伝承されてきた妖怪や狐狸にまつわるフォークロアをいくつかご紹介してきたが、その数はきわめて少ない。代表的なのは、旧・神田上水(1966年より神田川)の、田島橋Click!近くに潜んでいたサイ(犀)Click!だが、これは妖怪というよりも怪獣ないしはUMAに近い存在だ。また、下落合(中落合・中井含む)につづく目白崖線の斜面に出現する、狐火(狐の嫁入り)Click!についても何度か記事にしている。
 だが、落合地域は周辺域に比べ、妖怪Click!の出現率が少なかったのか、あるいは早い時期に民俗学の視点から伝承・伝説を採集しそびれていて、数多くの妖怪譚あるいは狐狸譚が記録されないまま失われてしまったのか、今日まで伝えられるエピソードは少ない。また、サイ(犀)にしろ狐火にしろ、妖怪変化としてはかなり地味な存在で、周辺で語り継がれている枕返しClick!お歯黒べったりClick!雪女Click!天狗Click!などのメジャーな妖怪たちに比べたら、ほとんど目立たず「華やかさ」に欠けている。
 井上円了Click!は、日本各地で語り継がれてきたさまざまな妖怪譚や幽霊譚Click!へ、科学的な解釈を加えつつその「謎」を解き明かそうとしているが、井上哲学堂Click!のある肝心の地元では、それらの伝承・伝説を採集した形跡は見られない。野方や中野の両地域で、それらの伝承をかなり詳細に採集しはじめたのは、1980年代に入ってからの中野区教育委員会による仕事だった。すなわち、明治生まれの古老たちがまだ数多く存命中であり、江戸期から明治期にかけての妖怪譚・怪談などの伝承を記憶・継承していたからだ。
 ひょっとすると、落合地域でも明治期ぐらいまでは語られていたかもしれない、ごく近所で採集されていたフォークロアについて、これまでご紹介しそびれていた妖怪たちをいくつか取りあげてみたい。まずは、妖怪のなかではもっともメジャーな「天狗」から。1989年(昭和64)に中野区教育委員会が発行した『口承文芸調査報告書/続 中野の昔話・伝説・世間話』からの引用してみよう。
  
 神隠しってぇのはね、それは、天狗様に連れてかれちゃうっていうようなね、そういうような伝説があるんです。/そのね、天狗様に連れて行かれるのを、見た人はいないんです。いないんだけども、想像するのは、当時の人たちは、天狗様にさらわれてったんだと、いうようなことを言ってますよ。/天狗様はどこにでも、当時は、神様の森には、必ずいたと、いうことを、人々は、江戸時代の人々は、信じていたと、それをね。/ですからね、こわいところは、何かっていうとね、墓場はこわくないんだとこう言うんです。墓場はこわくないんだが、本当にこわいのは、神様の森がいちばんこわいんだと、いうことを、年寄りは言ってましたね。
  
 「天狗」のいる山や「神様の森」は、直接的に禁忌エリアを意味する言葉だが、これらの場所に屍家伝説Click!あるいは古い墳墓伝説Click!がかぶさっている可能性があることは、拙サイトでも何度か記事Click!に取りあげてきたとおりだ。上記の例は、落合地域の西隣りに位置する中野地域の伝承だが、ほかに夜中になると屋根あるいは天井からミシッと音がするのは、「天狗様の見回り」がきたからだという伝承も収録されている。
 また、同報告書には一瞬で手足が切れる「カマイタチ」の出現も記録されている。
  
 真空になると、足やなんか欠けるんですよね。それをカマイタチっていうんですよ。カマイタチってものがいたと思ったらしいですよね。それで、行者がね、カマイタチでもって足ぃ切られたってんですよ。その白いやつをね。/今になってみればね、真空になれば足を切られちゃうわけですよ。だから、ほんとの昔のね、こういうつまらない話ってのね、ありますよ。
  
神田川犀.JPG
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 カマイタチは、空気中の真空になった空間に手足が触れることで、皮膚が裂けると長い間いわれてきたが、人間の皮膚はかなり丈夫で、地上の空気中にできた真空環境ぐらいでは裂けないことがわかってきた。現在では、長時間にわたり手足を乾燥した状態のまま放置したり、水を繰り返し使う仕事で皮膚の水分が過度に蒸発したりしたときに、わずかな圧力で皮膚が裂ける“あかぎれ”に近い症状ではないかと推測されている。
 確かに、現代ではカマイタチの出現率は当時よりも激減しており、田圃で長時間にわたり手足を水に浸けて働くこともあまりなくなり、台所仕事も給湯器の普及と手足の保湿剤のおかげで、皮膚の水分が急激に失われる危険な症状もなくなった。
 お隣りの中野では、めずらしい「白坊主」も登場している。1987年(昭和62)に同教育委員会が発行した『口承文芸調査報告書/中野の昔話・伝説・世間話』より。
  
 あすこんとこ、夜んなると白ボウズが出るよってね。白ボウズっていうのは、どんなのか…。ここの先行ったとこにねぇ、向かいに山があって、昼間でも暗いんですよね。そこんとこに、小さなお地蔵様があってねぇ、昼間っから、ずっとあすこんとこ歩いて行って、何かきっと、脅かされたか何かしたんじゃないか。で、白い着物か何か着てたんで、白ボウズって言われたんだろうと思うんだろうけどもね。/それが、私たち子どもんときに、お使い行って夜帰って来るのに、さみしかったね、やっぱり、嫌だったね。
  
 証言者は、明治期に大和町(旧・上沼袋村)で生まれ育っている男性だが、ここに登場している「向かい山」というのは、おそらくこちらでもご紹介ずみの、上空から見ると正円形をした大和町の東隣りにある、野方村丸山と三谷Click!の丘のことだと思われる。とすれば、「小さなお地蔵様」とは、この山の北側麓にある「北向地蔵」のことだろうか。
 白坊主は、各地域によってさまざまな出現のしかたや、その正体の解釈があるが、人を脅かしてはいなくなるという点では共通しており、狐狸譚のようになにか利害がからんで出現することがほとんどないので、妖怪として扱われている。
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 さて、全国各地に出現する多種多様な妖怪たちだが、戦後すぐのころ、そんな日本の「妖怪」たちを海外へ輸出したり、子どものオモチャにする仕事が存在していた。敗戦の直後、日本の主要都市や工業地帯は爆撃で焼け、生産基盤を失った国内では物資不足が深刻だった。あらゆる生活用品が不足しており、その供給は日本を占領していた連合国軍(実質は米軍)の施策や統制に依存していた。
 国家の破滅=「亡国」状況のなか、戦後のハイパーインフレを迅速に抑えて経済を復興させるか、GHQへ建議する経済政策の立案が、日本銀行のブレーンを中心に寝るヒマもなく次々と練られていた。ケインズ経済学が普及していない当時、日本経済を必死で立て直そうとしていたのは経済統制を前提とした施策を立案できる、特高に徹底して弾圧されつづけた大内兵衛Click!らマルクス経済学者たちだったことは、なんとも皮肉なことだ。
 そんな状況のなか、オモチャのない子どもたちに夢を与え、あるいは工業製品にかわって外貨獲得のためにいち早く動きだしたのが、幕末から明治期と同じく陶芸領域の窯元だったのが面白い。しかも、伊万里焼きの窯元が選んだテーマは、「花」でも「ゲイシャ」でも「富士」でもなく、日本で大昔から語り継がれている「妖怪」だったのだ。
 「魔道開珎」シリーズと名づけられた、メンコともコースターともつかない直径6cm前後の焼き物には、ひとつ目小僧やろくろ首、つくも神、化け猫、河童、豆腐小僧、泥田坊、天井なめ、人形、大天狗、入道、ぬっぺらぼう、古狸、海座頭、しゃりこうべ、いそがし、茶運び小僧、ひとつ目小僧など、日本の伝承・伝説に登場する妖怪が網羅されており、眺めているだけでも楽しい仕上がりとなっている。表面には「魔道開珎」と書かれ、おそらく埼玉県秩父で鋳造されていた和同開珎のダジャレだろうが、当時GHQから義務づけられていた「MADE IN OCCUPIED JAPAN(占領下の日本製)」の文字が入っており、明らかに輸出を意識して製造されたものだろう。
 わたしの手もとにあるのは「古狸」(冒頭写真)だが、実際にどれだけ売れたのかはさだかでない。子どもたちがメンコ遊びをするには、陶製なので割れて役に立たないだろうし、外国人には日本の妖怪など意味不明だと思われるのだが、かなりの作品が残っているところをみると、敗戦のウサ晴らしに好事家たちが喜んで集めていたものだろうか。海外でも、たまにオークションなどで見かけるので、欧米人にも日本の妖怪ファンがいたのかもしれない。
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 「珎」(珍しいもの)を「開」く(拓く)という意味で、「魔道」の妖怪たちは世界じゅうの物好きやコレクターたちに蒐集されたのかもしれないが、日本の輸出産品が妖怪メンコ(コースター?)というのも情けないし、国家を滅亡させた「魔道」の妖怪たちの多くが、戦後までそのまま存在が持ちこされ、十分な追及や否定もなされていないのは、さらに情けない。

◆写真上:わたしの手もとにある「魔道開珎」は、千畳敷き返しの「古狸」。
◆写真中上は、江戸期にはサイ(犀)がひそかに棲んでいたといわれる旧・神田上水(神田川)の急流。は、なんだかわからない妖怪()と「天井なめ」()。は、なんだかわからない毛むくじゃらの娘妖怪()と「海座頭」()。
◆写真中下は、「化け猫」()と急須の「つくも神?」()。は、「人魚」()と「火車どくろ?」()。は、「河童」()と「唐傘お化け」()。
◆写真下は、「ひとつ目小僧」()と「河童」()。は、「泥田坊?」()と「天狗」()。は、大雪の下落合の山にはきれいな雪女のお姉さんはいないのだろうか。

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