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Channel: 落合学(落合道人 Ochiai-Dojin)
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松下春雄の「下落合風景」画集Ver.1。

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松下春雄「下落合風景画集」Ver1.jpg
 2007年(平成19)に制作した、私家版の『下落合風景画集―下落合を歩く佐伯祐三―』Click!(非売品)は、現在、新たな作品や当時の写真、史的資料などを加えてVer.6まで版を重ねている。地元の方をはじめ、関係者の方や「佐伯祐三―下落合の風景―」展Click!でお世話になった方々、ご協力いただいた画廊などに差し上げているのだが、次々と見つかる作品や資料、新たに判明した事実などを加えているので、おそらく今後も版を重ねていくだろう。
 同じように、『下落合風景画集―下落合を巡る松下春雄―』(非売品)を制作してみた。松下春雄Click!が描いた「下落合風景」の描画ポイントが、松下春雄アルバムClick!などの資料の裏づけによって、かなり判明してきているからだ。従来は、下落合を描いた風景なのか、それとも阿佐ヶ谷Click!のものなのかが判然としなかった作品も、アルバムに残る貴重な写真類から描画場所を正確に特定することができた。また、同様に下落合を描いた風景なのか、豊島園へ写生に出かけた際の作品Click!なのかも、当時の写真類の蒐集により見分けることができるようになった。
 表紙/表4を入れなければ、同画集は30ページと佐伯祐三Click!の画集に比べれば、作品点数のちがいからボリュームはかなり少ない。それでも、松下春雄が描いた現時点で判明している「下落合風景」の全貌を、なんとかうかがい知ることができる。しかも、実際に松下春雄が下落合の野外で仕事をしている写真や、まさに松下が作品を仕上げた目白文化村Click!など描画ポイントの貴重な当時の写真類も、松下アルバムから加えて編集することができた。ただし、いまだ判明していない、あるいは行方不明の「下落合風景」作品も少なからずありそうなので、佐伯画集と同様におそらく今後も版を重ねていくのだろう。1月中旬に仕上がったので、さっそくご遺族である山本和男・彩子夫妻Click!へ画集をお送りした。
 佐伯祐三が描いた『下落合風景』シリーズは、「制作メモ」Click!に残るタイトルやキャンバス号数、あるいは佐伯の近くにいた画家の証言(たとえば曾宮一念証言Click!)などから想定できる、未知の画面(行方不明作品)まで含めると、現時点では全部で50点をゆうに超えている。一方、松下春雄の「下落合風景」シリーズでは、画集に掲載した作品数はいまのところ30点だ。ただし、タブローにするための習作や素描も含めた、同一モチーフ(風景)の重複した作品類も少なからずあるので、純粋に描画風景のみの点数を数えると、25点ということになるだろうか。
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 作品30点のうち、描画ポイントが正確に把握できている作品、あるいはほぼ描画位置を特定できる作品は、わずか12点にすぎない。それは、松下春雄が「下落合風景」を描いた当時は、いまだ水彩画がメインであり、森や樹木、草原などの緑を好んでモチーフに取りあげていたからだ。佐伯祐三のように、描画ポイントの目印となるような特徴のある建物や道筋、擁壁、構造物などを積極的に画面へは取り入れておらず、当時は下落合のあちこちに拡がっていただろう草原や樹木のみでは、さすがに描画位置を絞りこむことは不可能だ。
 また、家屋などを描いた作品でも、道筋の有無とともに曖昧な表現や構成のものが多く、イーゼルを据えた位置を特定するのが困難だ。大正末から昭和初期にかけ、松下春雄は油絵表現の研究をスタートさせているが、いまだ過渡的な試みにすぎず、油彩による「下落合風景」作品は数が少ない。掲載の30点中、油絵はわずか5点にすぎない。したがって、水彩画の持ち味である茫洋としたものの輪郭や、やわらかな描線、淡い陰影や色彩などにより、よけいに実景の場所を特定するのがむずかしい。たとえば、大正期の目白文化村の三間道路沿いに設置されたと思われる、独特な球体をした白色の街灯を中心に描いていても、周囲の情景が水彩表現ではハッキリせず、背後にとらえられている家屋も和館なのか洋館なのかさえ曖昧だ。
 もうひとつ、作品がカラー画像ではなく、モノクロ画像しか入手できていないものが多いことだ。画面の描写や、より具体的なマチエールを確かめることができず、どこを描いているのかの特定を困難にしている要因だ。今後、もしカラー画像を入手できる機会があれば、より深い観察や検証、確認などができ、下落合における松下作品の軌跡をさらに明らかにできるかもしれない。
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 松下春雄のいくつかの作品では、関連のありそうな同時代を生きた画家の作品、ほぼ同一場所を描いている他の画家の参考作品、あるいは似たような構図の同時代作品などを、当該の松下作品の隣りに並べて掲載している。すなわち、松下の『赤い屋根の家』(1926年ごろ)に対しては、下落合800番地に住んでいた有岡一郎の『初秋郊外』Click!(1926年)、松下の『文化村入口』(1925年)に対しては、上落合725番地から近くの長崎4095番地へと移り住んだ林武の『文化村風景』Click!(1926年)、また松下の『風景』(1926年ごろ)に対しては、まさに街角で画道具を手にお互いがすれちがっていたと思われる、下落合661番地にアトリエをかまえた佐伯祐三のスケッチ『洋館の屋根と電柱』Click!(制作年不詳/おそらく1926~27年)を寄り添わせ掲載した。
 これらの作品のうち、新宿歴史博物館に収蔵されているのは、1925年(大正14)に制作された『文化村入口』のわずか1点にすぎないけれど、山本様が保存されている「下落合風景」作品をはじめ、先に寄贈された板橋区立美術館Click!の同作、名古屋画廊で何度か開催されている松下春雄展で所在が明らかな作品類を含めれば、おそらく佐伯祐三と同様に「松下春雄―下落合の風景―」展の開催が実現可能だろう。しかも、画家本人が撮影した描画ポイントの実景や、まさに野外で画家が「下落合風景」の1作を仕上げている制作現場の写真さえ含む、松下春雄アルバムの精細画像は先年、同博物館へ収蔵していただいたばかりだ。絵画作品と、当時の下落合や西落合の実景写真とを並べて展示すれば、これまでにない展覧会のコンセプトのもと、オリジナルかつリアルな美術写真展が実現できるのではないかと思う。
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松下ファミリー.jpg 佐伯祐三「下落合風景画集」Ver6.jpg
 そうだ、『下落合風景画集―下落合を巡る松下春雄―』を、新宿歴史博物館Click!へもお送りしておこう。松下春雄の「下落合風景」作品と、画家本人が撮影した昭和初期の落合地域の風景写真とで構成された美術展は、新宿区の落合地域(下落合/西落合)にみる街の史的な画像記録としての側面をも包括しつつ、美術界でもほとんど類例のない稀少な展覧会となるだろう。

◆写真上:函を外した『下落合風景画集―下落合を巡る松下春雄―』(非売品)の表紙。
◆写真中上:同画集の一部のページで、描画位置が特定できるものは地番表記とともに現状写真を挿入している。また、ほぼ同じ時期に同様の位置から描かれたほかの画家たちの作品も、参考資料として画像を掲載した。
◆写真中下:同上。
◆写真下上・中は、ページの一部。下左は、1932年(昭和7)10月17日に西落合のアトリエで撮影された松下一家の記念写真。ほぼ1年後に、松下春雄は急死する。は、同じく私家版『下落合風景画集―下落合を歩く佐伯祐三―』の最新版(Ver.6/2014年2月版)。


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