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Channel: 落合学(落合道人 Ochiai-Dojin)
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「玄米正食」と下落合の桜沢如一・里真夫妻。

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玄米正食料理教室.JPG
 食事療法や食養を前提とした、桜沢如一・里真夫妻の「玄米正食」を、ご存じの方も多いのではないだろうか。ヨーロッパでは戦前から普及しはじめ、フランス語ないしはイタリア語でmacrobiotique(マークロビオティク)と呼ばれる食療・食養を中心とした、東洋的な思想や哲学を基盤とする考え方だ。中国の陰陽五行や古代弁証法を用いて、食物をはじめすべての存在を陰(Yin=▽)と陽(Yang=△)とで分類・認識し、端的にいってしまえばそのバランス(中庸)をとることによって、日々の食事から健康を手に入れる……というような考え方だ。
 わたしの学生時代には、「玄米正食」を試みる人たち、特に健康や体調に問題を抱える女性たちが、よく試みていたように思う。彼女たちは、冷えや低体温症、便秘、貧血、めまい、生理不順、不眠、倦怠、精神の不安定、虚弱体質など女性特有の、あるいは偏食(甘味の摂りすぎとタンパク質の絶対的な不足)からくる体調不良を抱え、食生活の改善を目的に「玄米正食」をはじめる人たちが多かったように思う。
 そして、「玄米正食」の料理教室に通っては、自分たちの食生活を改めて見直し、栄養分の多くを削りとってしまった白米や胚芽米ではなく、玄米を主食とする食生活と、それに見合った副食物(野菜食中心)の摂取に切り替えていったのだろう。ちなみに桜沢如一の「食」をめぐる思想は、わたしが知る限りの周囲では「玄米正食」という表現で語られていたが、その後、本来のフランス語ではなく英語のmacrobiotic(マクロビオティック)と呼ばれることが多くなったように思う。
 わたしは、玄米がとても苦手だ。理由はしごく単純で、おかず=副食物が美味しく食べられないからだ。自宅で精米するときも、五分づき米まではなんとか食べるが、七分づき米となると箸が出ない。そのかわり、白米に麦や稗、粟、黍などの雑穀を混ぜるご飯や、赤米・黒米を加えたご飯は、独特な風味が出て好きなのだが……。また、玄米ご飯とは異なり、香ばしい玄米餅Click!は大好きだ。
 自宅では関東地方を含む東日本の米、特にコシヒカリやあきたこまち、ひとめぼれ、ササニシキ、庄内米など、日本を代表する銘柄米を生む新潟や東北に拡がる米作地帯の米を、玄米と白米で注文している。いま仕入れているのは、明治期に開発された稲に由来する山形産の「つや姫」という銘柄で、口に入れたときの“ほぐれ”感や歯ざわりが気に入っている。特に、やたら甘みの強い米が多い中で、「つや姫」は甘さひかえめでバランスがよく淡泊気味なのがいい。もちろん、甘味でおかずの風味を壊さず、美味しく食べられるからだ。だが、いくら「つや姫」でも玄米のままでは美味しく感じない。ちなみに、穀物ついででパンを焼くときは北海道産の小麦「春よ恋」、ときどき「はるきらり」と「ゆめちから」を使っている。
 「玄米正食」の料理教室では、無農薬有機米は当然としても、米の種類や産地まで指定していたのだろうか? 桜沢如一は、1966年(昭和41)に心筋梗塞で他界(74歳)してしまうが、その後を継いで「玄米正食」を教えていたのは、残された桜沢里真夫人だった。里真夫人が主宰する「玄米正食」の料理教室(リマクッキングアカデミー)は、下落合3丁目(現・中落合1丁目)の見晴坂の下、妙正寺川に面した小橋の北詰めに建っているマンションで開かれていた。このマンションに、桜沢如一と里真夫人は1964年(昭和39)ごろから住んでいたようだ。料理教室が開かれたのは翌年からで、わたしの連れ合いも1970年代の半ばごろの一時期、リマクッキングアカデミーへ通っていたらしい。
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 「玄米正食」の基本的な考え方を、1973年(昭和48)に日本CI協会から出版された桜沢如一『東洋医学の哲学―最高判断力の書―』から引用してみよう。
  
 人間は動物、生物の手の中の王子様です。スベテの動物は、われわれを喜ばせたり、助けたりするために作られたかのようです。しかし、動物を殺してその肉をわれわれの食物に供するコトは、たいへん損なコトです。生物学的にいって、われわれは植物の子であり、植物なくして動物なしです。われわれは一から十まで植物に負っているのです。われわれの血潮も植物のクロロフィールの一変形にすぎません。スベテの植物性食品は、われわれの肉体を作る処女性の素材です。動物の肉は、人間という動物にとって処女性の素材でなく、中古品です。その上、動物性食品を現在の程度に用いていると、近い将来に土地がたりなくなります。オマケに体が酸性になる傾向が強くなって危険です。/だから原則として植物の子である動物や人間は、処女性の食物を植物に求めるべきです。これが元来の人間の食物の生物学的原則です。
  
 わたしは、「東洋医学」はかなり好きなほうで、慢性化したアレルギー性鼻炎(花粉症)や扁桃炎を漢方薬で治しているけれど、こんな植物食に収斂するような狭隘な考え方ばかりだっただろうか? 動物の肉は「中古品」などといわれても、わたしにとっては美味しい副食物の半分が消えてなくなってしまうので、残念ながら同意できない。
 そうなのだ、食事は人間の肉体を維持するための本能的な“義務”であると同時に、人は単なる動物ではなく「食文化」Click!という地域性や嗜好性の強い、大きな趣味をもった生きものでもある。だから、「身体に良い・悪い」以前に、好きか嫌いかのテーマが大きく起立してくるのだ。それによって得られる幸福感や精神的な充足度が高まれば、低体温症になろうが生理不順になろうが、ときに癌や肝硬変になる危険性を引き受けようが、好きで主体的に選択している食事や食物について、「白米は正しくない、玄米が正しい」などといわれたくないのは、人間として当然の理であり情だろう。それは、肺癌のリスクを引き受けつつ、桜沢如一がタバコをやめなかったのと同一の趣味・嗜好にちがいない。
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 そしてもうひとつ、「人はパンのみにて生くるものに非ず」(マタイ第4章)のたとえどおり、人生の目的は「身体にいいものを食べるため」「健康になるため」だけのものでもない。もちろん、健康であるのにこしたことはないが、健康や、ときに生命を削ってまで、優先したい“想い”やテーマが発生するのが人間だと思う。さまざまな生きがいや精神的な充足感・幸福感を味わいたいがため、多彩な思想やプランを実現したいがために、人は生きる意欲を獲得できるのであって、「食」は生きるための単なる手段にしかすぎない……という考え方をする人たちが大勢いたとしても、「その考えはまちがっている」などとは決していえないだろう。
 桜沢如一自身も、まさに思想的にはそのような生き方をしていたようで、1941年(昭和16)の日米開戦の年に発表した『健康戦線の第一線に立ちて』では、日本の必敗を予言して特高Click!から執拗にマークされ、つづく開戦直前の『日本を亡ぼすものはたれだ-白色人種を敵として、戦はねばならぬ理由-』はただちに発禁処分となり、特高に逮捕されて凄惨な拷問をともなう「取り調べ」を受けている。
 やがて、警察からは保釈されたが、1945年(昭和20)に今度は憲兵隊に逮捕され、敗戦まで刑務所内で拷問をともなう過酷な「取り調べ」を受けつづけ、最後には「銃殺の宣告」まで受けていたようだ。戦後、GHQの指令で釈放されたときは容姿が一変し、まるで「老人」のような姿に変わりはてていたという。再び、同書から引用してみよう。
  
 そのうち東亜の風雲が急をつげ、ツイニ戦争となり、反戦論者である私は、軍国主義の政府のために何回も投獄され、最後には銃殺の宣告までうけたのですが、そのうち日本は史上空前の敗戦をとげ、マックアーサーの東京入りの数日後、私は生ける屍になって、半死半生の姿で釈放されました。それから八年間、私は私の畢生の事業、東洋哲学道場再建のために苦心し、ソレを完成し、三年前ツイニ日本に永久のサヨナラをつげて、終りなき世界巡礼に出かけました。
  
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 里真夫人が下落合の自宅で開いた料理教室では、どのようなレシピが実践されていたのか、玄米ギライのわたしは連れ合いに訊いたことはないが、「食」に関する講義をまとめた桜沢如一『食養講義録』(日本CI協会/1977年)には、病気と食事療法が具体的に紹介されており、「玄米正食」に興味がある方には最適な入門書だろう。ただし、わたしは疑問が次々と湧いて頭が痛くなり、最後まで読みとおす根気がつづかなかった。ちなみに、頭痛もちには「副食物が常に主食物に対して多くならない様にすること。常に鹽からく油気を加味して食すること。はしり物といつて、遠い土地の物を食べぬ事」だそうだ。

◆写真上:下落合3丁目(現・中落合1丁目)にある、桜沢如一と里真夫人が住んだマンション。里真夫人による、定期的なリマクッキング教室が開催されていた。
◆写真中上は、山形産「つや姫」の玄米と白米。は、「つや姫」の玄米ご飯。
◆写真中下上左は、1973年(昭和48)出版の桜沢如一『東洋医学の哲学』(日本CI協会)。上右は、戦後に講義中の桜沢如一。は、桜沢如一と里真夫人(左)。
◆写真下上左は、1977年(昭和52)に出版された桜沢如一『食養講義録』(日本CI協会)。上右は、2015年(平成27)出版の桜沢里真『リマクッキング500レシピ』(日本CI協会)。は、タバコを手に談笑中の桜沢如一と里真夫人のスナップ。

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