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Channel: 落合学(落合道人 Ochiai-Dojin)
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武蔵野の森にみる100年前と現在の動植物。

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霧の新宿御苑.JPG
 これまで、「武蔵野」Click!の自然や風情、文学Click!絵画Click!気象Click!などをテーマにした記事Click!を、何度か繰り返しここに書いてきている。ただし、下落合のキノコ類Click!タヌキClick!、一部の昆虫Click!などを除き、植物や動物(特に野鳥類)についてのまとまった記事が不在なのに気がついた。動植物が活気をおびる夏が、今年もまためぐってきたので改めて少し書いてみたい。
 春から初夏にかけての時期、東京でもまだコンクリートやアスファルトで覆われない地面が多く残るエリアでは、たまに濃い霧が立ちこめることがある。おそらく江戸の昔からいわれていたのだろう、「霧がわくは十五日」という俗諺が残っている。1年のうちで、昼と夜とでは寒暖の差が激しい時期、すなわち春から夏にかけてと秋から冬にかけての一時期、東京は濃淡の霧でおおわれる日が都合15日ほどあるよという意味なのだろう。
 ただし、薄っすらとかかった靄(もや)を霧と規定するかしないかで、おそらくこの日数は大きく変わるのではないだろうか。靄まで霧の範疇に入れるとすれば、春先の朝方などには風景が霞んだりにじんだりすることが頻繁にあるので、霧の発生日数は15日どころではないだろう。気象庁の統計では、靄程度の景色のにじみ具合では霧と規定していないようで、最近の統計を見ると霧の日は2019年が1日、2020年が0日となっており(靄の発生はかなり多いと思われるが)、ここ数年は霧の発生がほとんどないことがわかる。
 ところが、80年ほど前までは江戸期とさほど変わらず、東京では霧が16日ほど発生していたらしい。当時は武蔵野会会長だった鳥居龍蔵Click!への献辞のある、1943年(昭和18)に青磁社から出版された磯萍水『武蔵野風物詩』から引用してみよう。
  
 武蔵野には一年の中に、霧の日が十六日あると云ふ。これは気象台の人の話であるから其儘信じられる。試みに日記を繰つてみた。私が霧を日記に書入れてから四年間の日記である。成程、やゝそれに近いものが見出される。二三日数の合はないのは、その朝その頃まだ起きてゐなかつたのだらう。私は霧が好きだ、私としてはもつと霧の日がほしい。
  
 春から初夏にかけ、冷たくは感じない霧につつまれた武蔵野の森の木々は、新緑から深緑へと葉の色を変える。武蔵野の森は、木の実=ドングリがなる広葉樹が主体であり、いまでも下落合のあちこちでドングリやシイの実を集めることができる。樹齢が数百年を超える大木もめずらしくないが、その多くは武蔵野に多いケヤキが主体だ。
 21世紀の現時点で、下落合の森に見られる植生の一部をご紹介すると、ケヤキをはじめ、クヌギ、シイ、クス、サルスベリ、サクラ、ウメ、モモ、カキ、カエデ、ナラ、キリ、モミジ、カシ、ムク、イチョウ、ミズキ、カリン、マツ、スギ、ツツジなどだ。これが、江戸期から明治期にかけても同じ植生だったかどうかは、同地域の記録がないので厳密には不明だが、近隣地域の地元で記録された地誌本などを参照すると、おそらく一部の外来種を除けばそれほど植生に変化はないように思われる。
クス.JPG
ケヤキ.JPG
モミジ.JPG
 これらの森林や草原には、数多くの動物たちが棲息していた。いや、いま現在も棲息しており、今世紀に入ってからその数が増えて、種類も多くなっているような印象が強い。近隣の森に棲息していた動物たちの記録として、明治期の生き物を記載した地誌本が残っている。落合地域の西側に隣接する江古田地域の記録で、1973年(昭和48)に出版された堀野良之助『江古田のつれづれ』(非売品)から引用してみよう。
  
 小道を隔てた北の方には、目通り五、六尺位の黒松が数本あり、樫の大木もあった。西北方には樅の木の目通り七尺余の大木が一本あり、その他に家のまわりに多くの雑木が枝をまじえて昼間でもうす暗い程であって、いろいろの小鳥が飛んできては、朝早くからさえずっていた。その頃、この辺で見掛けた鳥は、鳶、烏、まぐそたか、ひばり、雀、ひよどり、むくどり、山鴨、百舌鳥、目白、ほおじろ、ばかしいたけ、啄木鳥、うぐいす、しじゅうから、こがら、山鳩、雉、ふくろう、みみずく、赤はら、白鷺、その他、さまざまな水鳥などであった。
  
 この中で、東京近郊の方言で呼ばれている名称がいくつかあるが、「まぐそたか」はノスリのことで、「山鴨」はカルガモのことだと思われるが、「ばかしいたけ」は不明だ。いまも下落合に多い、ツグミのことだろうか。
 さすがにトビは最近、もう少し郊外まで出かけないと見かけないが、オオタカは都心でもあちこちに営巣しているようで、ときどきウワサが耳に入ってくる。わたしが知るかぎり、下落合で見かけないのはキジ、フクロウ、ミミズクの類だが、「山鳩」=キジバトはほぼ毎日、家の周辺でウロウロしているのを見かける。また、著者は「啄木鳥」と書いているが、キツツキと同じように木の幹に穴を開けるコゲラのことではないだろうか。コゲラが樹木をつつく連打音は、いまの下落合でもときおり聞くことができる。
 上記の野鳥たちに加え、最近、下落合でも観察されている個体には、ツミ、オナガ、セキレイ、ツバメ、ショウビタキ、キビタキ、オオルリ、カワラヒワ、アオバト、ヤマガラ、シロハラ、カワセミ、ツツドリ、マガモ、アオサギ、ゴイサギ、シラサギ、カワウ、オシドリ、オオバン、そしてなぜか巨大な緑色のインコなどだ。
 面白いのは、相模湾の海辺と丹沢山塊を往復しているはずのアオバトが、下落合までやってきていることだ。群れではなく、個体として姿を見せているようなので、湘南の海へ飛ぶはずがなぜか新宿まできてしまった方向音痴のアオバトかもしれない。ときに、神田川や妙正寺川沿いでユリカモメ(ミヤコドリ)を見かけるが、通常の群れは面影橋あたりまでしか遡上しないので、下落合まで飛んでくるのは冒険好きなユリカモメだろう。
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 わたしの学生時代(1970年代後半~80年代初め)と比べ、野鳥の種類も数量もケタちがいに増えているが、次にもどってきそうなのは『江古田のつれづれ』にも挙げられているキジだろうか。事実、東京東部の川沿いではキジが数多く確認されており、西北部にも復活するのは時間の問題のように思えてくる。一時に比べれば、カラスの数はかなり減少しているが、南にある神宮の森のようにオオタカが下落合の森にも営巣してくれれば、もっと減るのではないだろうか。
 さて、この付近で明治期によく見かけられた地上の動物たちについても、堀野良利助は記録している。同書より、再び引用してみよう。
  
 動物は、きつね、兎、むじな、いたち、かわうそ、などがいた。夜おそくに、きつねの啼き声を聞くと淋しくて、なんとなく気味が悪かった。けれども、春の頃には、実にのどかであり、秋は木の葉が色づいて美しかった。(中略) 夏の頃には、その雑草の間から蛇がにょろにょろと這い出して気味が悪かった。
  
 「むじな」はタヌキのことだが、「かわうそ」は妙正寺川や旧・神田上水にいたニホンカワウソのことで、とうに絶滅しただろう。上記の動物の中で、現在も下落合で健在なのはタヌキとヘビ、ハクビシン、そして目白文化村Click!をときどきウロウロしている野良ウサギClick!ぐらいだろうか。w アオダイショウClick!は、わたしの家の中にヤモリを追いかけて子ヘビが入ってきたり、道を歩いていると樹木の上から「足」(ないし)をすべらせて落ちてきたりする人なつっこいヘビClick!なので、もっとも数が多い個体なのだろう。
 つい先日も、近くで子どもたちが「ヘビだぁ、キャーーッ、ヘビがいた~!」と叫んでいたが、おそらく2m前後の美しい体色をしたアオダイショウを見て騒いでいたのではないだろうか。このアオダイショウは、大人しい性格をした近隣の主(ぬし)のような存在で、うちの子どもたちも何度か身体を触らせてもらっている。シマヘビも何度か見かけたが、臆病なヤマカガシもいるそうで、マムシ以外のヘビはおおよそ健在のようだ。もっとも、うちにいるヤマネコのように凶暴な肉食獣に見つかったりすると、ヘタをすれば頭蓋骨を嚙み砕かれてしまうので十分注意してほしいのだが。
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 『江古田のつれづれ』には、動植物はよく記録されているが、残念ながら昆虫類の記載が少ない。でも、近ごろよく見かける虫たちの様子を観察していると、野鳥たちと同様に種類も個体数も年々増加しているのがわかる。新宿区にある下落合の森でカブトムシやクワガタムシ、タマムシ、オニヤンマ、ギンヤンマ、チョウトンボなどを見かけるのは、およそ40年前には考えられなかったことだろう。武蔵野のキツネやイタチ、ニホンカワウソの復活は無理にしても、せめて虫たちの種類は100年前と同じぐらいにもどってほしいものだ。

◆写真上:ようやく霧が晴れはじめた、早朝の内藤家屋敷跡Click!(現・新宿御苑)。
◆写真中上は、タヌキの森に生えていた樹齢400年を超えるとみられるクス。は、下落合でもっとも多い大木のケヤキ。は、同じく多く見られるモミジ。
◆写真中下は、いつも群れで移動するオナガ。は、家の周囲をつがいでウロウロしているヤマバト(キジバト)。は、音はするがなかなか姿を見せないコゲラ。
◆写真下は、あまりめずらしくなくなったカブトムシ。は、「わたしは枝です」と擬態するナナフシ。は、姿を見るだけで心がときめくオニヤンマ(ドロボウヤンマClick!)。

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