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新事業へ次々と投資する郊外地主たち。
東京郊外の遊園地Click!として建設された「野方遊楽園」Click!だが、それに参画していた上落合や江古田の地主たちが判明した。同遊園地は、もともと彼ら地主たちが企画・開発したものではなく、最初は遊園地開発の専門業者が計画したようだ。哲学堂を背景に、妙正寺川の水を引いたプールが主体の遊園地計画だった。...
View Article「池袋池尻辺の女」はいまや55,000人超え。
今年も夏がやってきたので、恒例の怪談話Click!を記事にしようと思うのだが、たまには落合地域にもほど近い「池袋」怪談などを少し。以前、戦災で亡くなった人たちを仮埋葬した、山手線・池袋駅東口の根津山Click!で語られつづけている怪談Click!について書いたが、「池袋」怪談はそれより90年も前の江戸期にかかる物語だ。...
View Article失意のなかの鶴田吾郎『長崎村の春』。
1926年(大正15)5月に開催された第1回聖徳太子奉讃美術展覧会に、鶴田吾郎Click!は『長崎村の春』と題する風景画を出品している。同作は、日本橋にあった巧藝社により記念絵はがきが制作され、会場だった東京府美術館で販売されたものだろう。絵はがき店で見つけた、あまり見かけることのないめずらしい1枚だ。...
View Article松山中学出身の安倍能成と『坊っちゃん』。
1906年(明治39)に夏目漱石Click!が『坊っちゃん』を発表したとき、「四国辺の中学」を舞台にした同作を読んだ安倍能成Click!は、どのような感想を抱いただろうか。「四国辺の中学」は、明らかに漱石自身が赴任した愛媛県松山市の愛媛県尋常中学校=(旧制松山中学校)がモデルであり、安倍能成Click!は松山が故郷で同中学校の卒業生だった。...
View Article隣り村同士でまったく異なる「おびしゃ」祭り。
落合地域にお住まいの方なら、「おびしゃ(お歩射)祭り」をご存知の方は多いだろう。下落合村の御霊社Click!あるいは葛ヶ谷村(→落合村葛ヶ谷→西落合)の御霊社Click!で、毎年正月の1月13日に行われる祭礼のことだ。...
View Article『高田村誌』と『高田町政概要』の間に。
1919年(大正8)に出版された『高田村誌』Click!(高田村誌編纂所)と、先ごろご紹介した1930年(昭和5)出版の『高田町政概要』Click!(高田町役場)、あるいは1933年(昭和8)に出版された『高田町史』Click!(高田町教育会)との間に、1929年(昭和4)に三才社から出版された江副廣忠『高田の今昔』がある。...
View Article1930年(昭和5)に課せられた税金づくし。
1930年(昭和5)に出版された『高田町政概要』Click!(高田町役場)には、巻末に付録として町村レベルの自治体に関係する税金の一覧と、各種申請書や届出書の様式(書類)への詳しい記入例などが掲載されている。これを見ていると、当時の行政側の徴税に関する考え方や、税金を払う当時の住民たちの暮らしなどが透けて見えてくる。...
View Article自意識がしっかりした子は乗り物酔いをする?
子どものころ、バスで遠足にいったりすると、必ず乗り物酔い(正式には「動揺病」というのだそうだ)で吐く子が何人かいた。学生時代にも、フェリーなどの船に乗ったりすると青白い顔をして、デッキで潮風に吹かれてやたら寡黙になっていた友人がいたのを憶えている。わたしは、クルマも列車も船も飛行機も、乗り物にはまったく酔わないので、そんな光景を不思議に思って眺めていた。...
View Article新宿歴史博物館の下にあった源清麿工房。
これほど有名なのに、その実態がほとんど知られていない江戸期の刀鍛冶もめずらしい。信州の小諸赤岩村で生まれ本名は山浦環、成長して刀鍛冶を仕事にするようになると刀銘を山浦(源)正行と切り、信州から江戸にでてきて麹町時代をへて、四谷北伊賀町で仕事をするようになってからは、刀銘に「源清麿」Click!と切るようになる人物だ。...
View Article前庭を雑木林にする安倍能成。
家の周囲に樹木を植えるのは楽しいが、その成長が思いのほか早いので愕然とすることがある。わたしが困ったのはヒノキとウメ、そしてクロモチの3種類だ。いまはカーポートになっているスペースへ、植木屋から買ってきたヒノキと、安価に分けてくれた盆栽のウメを不用意に植えたのがまちがいのはじまりだった。...
View Article昭和ウィルスに感染しそうなN君その後。
会社をクビんなったオレは、リク活して履歴書だしと面接を繰り返してたんだけど、なかなか気に入った会社がなかったんだ。情シスのスタッフとして、学校出てから7年も勤めてきたんだけどさ、そりゃスキルや経験や実績のあるスタッフを募集してる会社はたくさんあるよ。でも、たいがいブラックでさ、24h365dのミッションクリティカルなサポート中心で、有給はおろか休みも満足にとれそうもないっしょ。...
View Article三・一五事件に猛反発する石橋湛山。
第二文化村Click!の下落合4丁目1712番地に住み、戦後、短期間だが病体を押して首相をつとめている石橋湛山Click!は、1928年(昭和3)3月に共産党系の活動家をはじめ、政府の政策に異議を唱える言論人や芸術家などがいっせいに逮捕された三・一五事件Click!へ、猛烈に反発する社説を東洋経済新報に書いている。...
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